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611アニバーサリー企画SS。 (全てのお題は「確かに恋だった」様より)
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「これが君の初めてだからな」
どこかぶっきらぼうに、けれど否を言わせないくらい真撃で真剣な声音と眼差しで言われて彼女は思わず微苦笑を浮かべた。

***

「んっ…ん…ん」
先程から目の前のスクリーンで繰り広げられるキスシーンにどうにも落ち着かない。心拍数があがっている。心なしか顔も熱い気がする。確かに長いし濃厚なキスシーンだが、別に私だってこれくらいで動揺するほどガキではない。普段なら映画のワンシーンとして特に意識すべきものではなかった。隣にリザさえいなければ…。

師匠が珍しく用事で遠出している際にロイは普段、あまり遊びにも行けていないリザを映画に誘った。今、話題になっている流行りの冒険活劇。そのクライマックスのヒーローとヒロインのラブシーンなのだが、まさかこんなシーンにこれほどまで隣の存在を意識してしまうとは思わなかったのだ。チラリと横目でリザを盗み見ると、暗がりでその表情までは伺い知ることは出来ないが微動だにせず視線はそのスクリーンに注がれている。こんなディープキス、彼女には刺激が強すぎるだろう…初めて誘った映画でこれはマズイ。長すぎるキスシーンのせいで私は隣のリザばかりが気になって映画どころではなかった。
フウッと小さく息をついた彼女の気配にようやくエンドロールが流れていたことに気が付いたくらいだ。

明るくなった場内で顔をあわせた彼女の頬はやはり赤く染まっていて林檎のようだ…可愛い…。ではなくて!なんだ、このどことなく気まずい雰囲気は。そして自然と彼女のピンクの唇を見つめてしまう己の視線に気付いて慌てて目をそらす。
「…出ようか」
「あ、はい」
そのまま何を話すでもなく暫く歩き、気まずい沈黙に言葉を探す。
「あ~、面白かったか?」
「はい…ありがとうございました」
ほんのりと綻ぶ笑顔に安心したのも束の間、すぐに何か困惑したような表情にドキリとする。
「どうした?」
「いえ、その…」
彼女らしくもなく言い淀むその頬は赤い。
「ハッキリ言ってくれると助かるんだが」
こんな映画に連れてくるなんてどういうつもりなんですか!と言われるかと覚悟した私に飛んできたのは全く想定外の言葉だった。
「…苦しくないんでしょうか?」
「え?」
「あんなに長くしていたら呼吸困難になりそうで大丈夫なのかなと…」
それはもしかして、あれか、キスシーンの話か…。
純粋にそんな事を聞かれ、おもわず私の顔まで赤くなる。その鳶色の瞳でピンク色の唇でそんなことを言われるとまた心拍数が狂いだす。なんなんだ!これは…
「リザにはそんな話はまだ早い」
内心、渦巻く葛藤を知られまいと口が滑った言葉。あ、しまった!この手の子供扱いは彼女には禁句なのだったと最近になってようやく学んだことを思い出した時にはもう完全に彼女の機嫌を損ねた後だった。
「わ、私だって、キスしたことくらいあります!」
謝ろうとした私の口は、けれど彼女の爆弾発言によって暫く再起不能に陥ったのだった。
今、彼女は何と言った??


彼の子供扱いにカアッと頭に血がのぼって、口走った言葉に恥ずかしくなって、もう何が何だかわけがわからなくなって、私は彼の前から逃げるように走って家に帰っていた。
さっきまであんなにドキドキしてフワフワしていたのが嘘みたいだ。マスタングさんのバカ!バカ!バカ!映画に誘ってもらえて本当に嬉しかったのに…。
やっぱりあの質問が子供っぽすぎたのだろうか…。そう思ったら急に自分が恥ずかしくなってきて、いたたまれなくなってベッドの上の枕にポフンと顔を押し付ける。
ただ、あの映画のキスは自分が知っているものとは違っていて、気になってしまったのだ。彼はそれをしたことがあるのだろうか…と。ツキンと胸が痛んで少し苦しくなる。
そっと唇に指をあてる。
映画のキスが本物の大人のキスだとしたら、あれは…。

あの時、夜食を持って訪ねた彼の部屋で机に突っ伏して居眠りしているロイを暫くリザは見つめていた。あどけない寝顔についクスリと笑みが浮かぶ。なんとなく近寄って至近距離で見つめていたら、睫毛が長いことに気が付いて、おもわず手を伸ばしていた。
まさかその気配で目を覚ました彼が飛び起きるだなんて思わなくて。
「すみませんっ!師匠!っー!」
その弾みにコツンと額がぶつかった時に他にもう一ヶ所触れた場所があったのだ。一瞬、確かに唇と唇が触れた。
「ーっ」
瞬時に熱くなった唇を隠すように手をあてると慌てて彼の傍から離れる。
「あ、れ?リザ?」
寝惚けていたらしい彼がそれに気付いているかどうかは分からなかったし、何も言わない彼にその時はホッとしたのも事実だったのだけれど。

どうして、今、こんなにも胸が苦しいのだろう…。


***

「…んっ…ん」
奪うように何度も何度も繰り返される熱い口付けに意識まで彼に溺れてしまいそうな最中、そんな昔の記憶が過った。
すっかり身体の力がぬけてしまい彼の成すがままになっていた唇がやっと解放される頃には息はあがっていて、呼吸を整える私の濡れそぼった唇を彼の親指がぬぐいながら漆黒の瞳に痛いくらいに見つめられる。
「大丈夫だっただろう?」
そのままどこか熱に濡れた声音に告げられた言葉は、過去の記憶と確かに繋がっていて…。おもわず言葉をなくしてしまう。共有される記憶を認識して頬が更に熱くなる。
確かに幼かった私の胸を痛めた大人のキスは、時を経てその彼によって充分すぎるくらいに教えられたことになるのだ。息も止まるくらいの激しさで人の唇を奪っておいて、その余裕めいた表情がどこか悔しい。
何も言えないまま、その漆黒の眼差しに静かな焔を見つけて息をのむ。
「これが君の初めてだからな」

どこかぶっきらぼうに、けれど否を言わせないくらい真撃で真剣な声音と眼差しで言われて彼女はその意味に気付く。それはつまり…。
「違いますと言ったら?」
「君が私以外に許した記憶などどんな些細なものだろうが塗りつぶしてやる」

それは不可能だ。そんなもの存在しないのだから。
「ーっ」
真実を告げようか迷った唇はそれよりも早く奪われて、解放されたら今度こそ告げようと決めた。


Fin.


★コメント★
ロイアイのファーストキス妄想はそれこそ何パターンもあって、そのうちの1つです。若増田×子リザたんならアクシデントキスかな~と。本当は映画シーンのあたりからもっと二人とも少女漫画テイストにしたかったのですが…あれ?
まさかの子リザたんファーストキス済み宣言にマスタングは大変だったわけですよ。生まれて初めて知る嫉妬と独占欲!そこで自分の気持ちに気付いたりとかね。長年ずーっとひっかかってて、やっと晴れてのリザたんとのチュウでいきなりディープか!お前!!っていうね。うん、ラブコメは難しいですね。因みに息も出来ないくらいのキスの時期は敢えて書いてないのですが、若ロイアイでもいいし、ずっと葛藤し続けて制御不可能になった黒マスタングな大佐中尉初期でもいいかな~とか。いっそ約束の日以降とかもありかもしれない。

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「…何故これがここに?」
東方司令部最高司令官室の自分の机の上に置かれたものが一目見て何か察した国軍大将の階級にある彼は、自分を誰より解っている筈のそれを持ってきた副官の彼女に尋ねる。
「将軍が昔から縁談をお受けにならないのは存じておりますが、今回のお話は今までのとはわけが違います。一度目をお通し下さい」
その言葉にザッと目を通すもそのまま閉じ、薄い笑みを浮かべながらまた興味なさげに机に置いた。
「…なるほどな。だが同じだ。今までと変わらん」
「一度、試しにお考えになっても宜しいのでは?目的最優先のために避けていらっしゃるのでしたら、その目的のためにもこれから先、最も強力な人脈になります。将軍は軍での力は十分にもってらっしゃいますし、グラマン閣下も多大な信頼を寄せて下さってます。ですから、今後、必要なのは軍以外のこの国を作り上げていく力だと思います。その点…」
「その点、彼女の家なら家系は古くからの名家、しかもシンとの貿易で大成功した 貿易業界でのトップ、これから先のアメトリスにはなくてはならない存在だな。完璧なまでに申し分ない、か」
「はい。それに…」
「それに?」
「人脈だけではありません。同性の私から見てもとても魅力的な女性だと思いますし、将軍も以前お会いになった際に素晴らしい女性だと本心から褒めておられました。これ以上の御縁はそうそうあるものではないのではないですか?」
「確かにな。家柄、それによる人脈、本人に至るまで文句のつけようがない。逃したらこの先、このレベルの縁談がくる可能性は低い。私もいい歳だしな?君がそう言うのも分からんではない。だが、どんなにこれ以上ない最高の利点が揃っていようが一つの絶対条件の前では無意味だ」
「絶対条件、ですか?」
「そうだ。君であるかないか。分かりやすくていいだろう?」
「…そんなに縁談が嫌なんですか」
「それなら君は、進む道のために愛してもいない女性と家庭をもって、果たすべき目的のために不幸にしても、私がそんなことを望んでいなくとも、【公】のためには【私】は仕方ない、とそう言うわけだ」
「なっ!違います!!私はそういうつもりでは…」
緊迫した空気、かと思えば突然、目の前の男がくっくっくっと堪えていたかのように笑い出す。
「将軍っ??」
「いや、すまない。君があまり他意なく真剣だから、意地悪のひとつも言いたくなってね。言いたいことは分かってるさ。だが、それは正論にすぎないよ。私がそんな正論に収まる男だとでも?君が一番知っているだろう。いい加減、観念したまえ」
手首を掴まれ、引き寄せられると、真っ直ぐに見つめてくる黒曜石に縫いとめられる。
「わざわざ縁談を受ける必要も待つ必要もない。私の生涯の伴侶はここにいる」
「っ…一時の気の迷いに、流されてはいけません」
「嘗めるな。永久的な本気だ。なんなら誓ってもいいぞ?」
「やめて下さい、将軍。言う必要もないと思ってましたが、そんな形でなくとも私はあなたのものです。ですが、あなたが私のものにはなる必要はありません」
「私がほしいのはそんな答えではないよ。リザ。副官じゃない君の本心が聞きたい」
「他に何が言えるというのですか」
「君をずっと頑にさせていたのは私だな。分かっている。だが…今の私でも言わせてやれないか?」
少し切なげな笑みを浮かべてどこまでも真劇な漆黒が自分をとらえる。この眼差しにはもうずっと昔から弱いのだ。
「…貴方はずるいです」
「何を今更?それが君の選んだ男だろう?」
「そうですね。上司としても一人の男性としても一生付いていくと選んだ貴方です。これで宜しいですか?」
淡々と言っているがその顔が赤くなっているのが可愛くて仕方ない。
「まぁ合格点かな。では、これで改めて誓約済みだ」
彼女の左手をそっととると、証を刻むかのようにその薬指に口付けを落とした。
いつもと変わらない司令官室の窓から差し込む光に照らされながら、そこだけ神聖な儀式の場のような一瞬。彼と彼女しか知らない刹那。
「これは見えないから外すことも出来ない。君のその薬指に永久にある。覚えておきたまえ。忘れてるなと思ったらその度に口付けるからな」
口付けた部分を指しながらニヤリと笑う男が、本当に楽しそうで幸せそうな笑みを浮かべていたから。
「バカですか」
不覚にも涙ぐんでしまいそうで、いつもどおり強気な言葉を紡ぐ。
「バカで結構。ずっと欲しかった言葉をもらえたからね」
それでもきっと貴方にはお見通しで、今度は優しく唇に口付けられた。

それは二人だけの秘め事、二人だけの誓約。

Fin.


★あとがき

あーなんというか本当にすみません;同じ台詞でも大佐×中尉とは違う大将×副官たんを書きたかったのですが、形にするのはなんと難しいことか!
因にタイトルのお題の他に「薬指にくちづけを」というお題も使わせていただいてます。二人だけに分かる、二人にしか分からない、閉鎖的で絶対的な約束が好きです。萌えます。
副官たんは大将に大事にされていることは分かっているけど、自分が奥さんになるというイメージがなくて、純粋に大将のことを想ってるからこそ縁談をすすめているという感じでひとつお願いします。や、実際、画集での牛先生の萌えコメントから考えるとこんなまどろっこしいやりとりはないと思うんですけども。形にとらわれず互いが一生の伴侶であることは揺るぎなく分りあっている気がする!!コメントからの妄想はこれからいろいろと書いていきたいです。もう今、ちょっと妄想しただけでたぎってたぎって仕方ない!!!もえええええええ!!!
あと、これを叩き台としたベッタベッタでシリアスな大将縁談ネタもちゃんとした長文で書きたいなーと妄想と意欲だけはあるんですが。さてはて。

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「もしもし。リザさん?お久しぶりです。ウィンリィです」
「ウィンリィちゃん?ほんと、お久しぶりね。昨日、招待状届いたわ。おめでとう」
「ありがとうございます…ってなんか恥ずかしいな。あ、その招待状のことなんですけど、お二人とも凄くお忙しそうだし大丈夫なのかなと思って」
「わざわざありがとう。大丈夫よ、ちょうど一区切りついたところなの。エドワード君とウィンリィちゃんの結婚式だもの。喜んで出席させてもらうわ。本当によかったわね」
「そうなんですけど、でもあいつったら信じられないんです!プロポーズになんて言ったと思います?等価交換の法則だからとか言うんですよ」
「エドワード君らしいわね」
「いつまでたっても錬金術バカっていうか…錬金術師って皆、ああなんですか?」
「そうねぇ…」
「これから先の参考にマスタング将軍とリザさんのお話もききたいなぁって」
「私達はそういう関係じゃないもの。参考にはならないわよ」
「でも、お二人はどんな時でも一緒にいらっしゃるじゃないですか。理想的な関係だなぁって。正直に言うと、私、ずっとリザさんが羨ましかったんです」
「私もウィンリィちゃんが羨ましくなったことあったわよ」
「え?リザさんがですか?だって私、なんで待ってるしか出来ないんだろうってずっと思ってたんですよ」
「過去形なんでしょう?」
「はい。やっと本当に分かった気がするんです。私には私の居場所があって私にしか出来ない役目があるんだって。そしてそれはとても幸せなことなんだって」
「そうね。私も今は同じことを思ってる」
「なんか似てないのに似てるんですね私達。あ!きっとバカな錬金術師には私達みたいな女じゃないと駄目なんですよ」
「そうかもしれないわね」

クスクスと笑いあって和やかな談笑のまま電話は切れた。
「随分と楽しそうな声が聞こえたが相手は誰か聞いても?」
そこへ当然のように彼があらわれる。こういうタイミングは相変わらずだ。
「いつからいらしたんですか?」
「残念ながら、つい先程だよ。質問の答えを聞いていないが?」
「ウィンリィちゃんですよ。こちらの都合をわざわざ気遣ってかけてくれたんです」
「ああ、鋼のの。しかしあいつも意外とやる時はやるもんだな。で、何を話してたのかね?」
「随分、気にされるんですね」
「君のあんな楽しそうな声は久しぶりに聞いたからね。気にもなる」
「女同士の秘密です」
「そう言われると余計気になるんだが」
「将軍だってエドワード君が挨拶まわりに来てくれた時に男同士の会話されてたじゃないですか」
「なっ!まさか君、聞いて…」
「私が盗み聞きなんてするとお思いですか。それとも聞かれてはまずいお話をなさっていたんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが…む。そうか女同士の秘密か…」
「幸せそうでしたよ。ウィンリィちゃん。式に行くのが楽しみですね」
「ああ。そうだな」

初めて会った時はあんなに小さかったあの子達が新しい家庭を作っていく。
次世代が幸福を享受していく世界、願っていたものの1つにふれて自然と柔らかな笑みを浮かべながら、ふと、彼との新たな約束を思い出した。
ウィンリィちゃんには、ああ言ったけど私達の約束の言葉は錬金術師たる彼らしくない言葉だったのだ。

ホムンクルスとの最終決戦が終わった後、視力の戻った彼はイシュヴァール政策への決意とともに1つの約束をくれた。
「私の全てをもって取り組もうと思う。どれくらいかかるかも分からん。私の未来も預ける覚悟だ。そのうえで君と改めて約束を交わしたい」
「はい」
「私には君が必要だ。だから君の未来は私がもらう」
真っ直ぐな眼で私を見て彼はそう言った。
それはもう私の意志を確認する言葉でなく彼の意志の言葉。
幼いあの日から本当はずっと欲しかった言葉だ。
だから私はこの約束に決まりきった言葉を口にした。
「何を今更」

今、私の世界は現在も未来も彼の世界と同じところにある。


Fin.


★コメント
最終話記念とロイアイ記念を兼ねて。
最後の写真のウィンリィのピアスがないのとリザの髪がショートなのはそういう意味もあるのかなという妄想。ついでにエドがプロポーズしたきっかけの1つに増田との会話があったりしないかなとか妄想。
他、いろんなものをつめこんだらこうなりました。
最終話は本当にいろんなパターンが妄想できて楽しいのですが、そのうちの1つだと思っていただければと。

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「なぁ、中尉、君は私のことをどう思っている?」
ギリギリではあるが定時に本日分の書類を終わらせた彼が、デートへと向かうために執務室を後にしようと背を向けたところで、そこへ残る彼女へと不意に口を開く。見えない表情と抑えられた低音はその真意まで告げてはくれず、特に意味はないのだろうと彼女も静かに返す。
「すぐに書類を溜め込もうとする手のかかる上官だと思っておりますが」
「こういう時はせめて褒めたまえよ。そうではなく…」
振り返り、若干大げさにやれやれと顔を顰めたかと思えば、変化は一瞬。
急激に縮められる距離、手慣れた所作で彼女の手を掴んでもっと近くへと引き寄せた男は、抵抗よりも早くその耳元へ唇を寄せると低くて甘い声を鼓膜へと注ぎ込む。
「男として、だ…」
「ーッ…そんなことよりお約束の時間に遅れますよ?」
突然、仕掛けられたその言動に息をのむのも一瞬。びくっと震えた身体を彼に気付かれるわけにはいかない。何を考えているのか分からないが、どうせ気まぐれな戯言にすぎない。平静を装って自然な所作で彼の手を振りほどき再び距離を作る。
「ああ。もうこんな時間か、仕方ない…君の答えは後でじっくり聞かせてもらおう」
銀時計を開き確認するとそのままポケットに手を入れ、今度こそ本当にこの場を後にする上官の背を見つめながら、そんなもの口にするのはこれから会う女性の役目ではないかと彼女は当然のように思っていた。だからその時、彼が口元に歪んだ笑みを浮かべていることには気付かなかった。


 ロイがこうやっていつもは終わらない量の書類を終わらて帰っていった後、自分の仕事も残ってない時はすぐには帰らずに射撃訓練に行くのがリザの常となっていた。
ダンッダンッと狙った位置を打ち抜く。常と少しだけ違ったのは帰る間際の彼の台詞…何故あんなことを。例えタチの悪いお遊びだろうが、自分がそんなことを言われるなんてなかったのに。少し苛立っている自分と戸惑っている自分、そしてこうして銃を持つことで立場を再確認している自分…そこまで思ってハッとする。
ダンッ…狙った位置は僅かに外れていた。
どうかしている。気がゆるんでいるのに違いない。これ以上考えてはいけない気がして、再び射撃に集中した。

 どうして?その姿を見た時、何故からしくもなく動揺した。
前方から少しずつ近付いてくる一組の男女、黒いスーツに身を纏った男の見間違いようのない姿。
自分の帰宅コースと彼のデートコースが重なることなんてまずない。
それなのに今日に限って何故…。
否、いくら逆方向といえど徒歩可能圏内なのだ。こういう偶然もあるだろう。
普通に気付かなかったものとして素知らぬ顔をして通りすぎればいいのだろうか、いや、彼にそういう演技が通用するとは思えないし不自然な気がする。
ならば部下として「お疲れさまです」と敬礼をするのか…せっかくの彼のプライベート、しかもデートの時間に水をさしたと嫌な顔をされるだろう。
かといって、知人にするように会釈をして通り過ぎるのも何か違う気がする…。
このらしくない迷いが動揺しているのだという事実を突き付ける。
僅かに早くなった心拍数が嫌になる。どうして私は…。
その時間、僅か1分足らず。彼の漆黒の瞳と視線が、絡んだ…。

**
 時刻は深夜、ロイがリザの住居のドアをノックする音が闇夜に響いた。
「私だ」
言葉はそれ以上必要ない。
「…何かありましたか?」
彼女は私の突然の訪問に怪訝な表情を浮かべながらも静かにドアを開いてくれる。
「君が意味深な態度をとるから相手に誤解されてね。面倒だから別れることにしたんだ。その責任を君にとってもらいにきた」
彼女のせいだなんて嘘だった。デート相手からはほどよく情報も得たし、そろそろ潮時だったのだ。それを利用させてもらったにすぎない。
どこまでも上司と部下の関係の平行線上、踏み出せない強固なボーダーラインを前に徐々に少しずつ張巡らせた蜘蛛の網。狙うのは唯一人だけ。
情報収集が主であることは告げずに、これみよがしにデートの時は主張して出かけることを繰り返し、デートの時だけは早く終わる書類、そして勤務時の会話も手伝って、わざと彼女の帰宅時間、あの道を通った。勿論、彼女とはちあわせるためだ。

「責任?」
「こういうことだよ」
急激に近付いたロイに内側の壁に強引に肩口を押さえつけられて走る痛みにリザは僅かに顔を顰めながら抵抗する。
閉められたドアに押し付けられるようにして唇を塞がれるように奪われた。
「ん…っ」
彼の熱い舌が歯列をなぞって抉じ開けて入ってくる。口腔内を懐柔される熱に抵抗の意志まで奪われそうで。
「んん…っ」
やっと唇を解放された時には息もあがっていて、それを隠すかのように彼を睨み付ける。
「…なんのまねですか」
「さぁな。だが、いくら君が鈍くてもこの状況で男が何を考えてるかなんて分かるだろう」
「デート相手の身代わりですか…欲求不満ならつきあって下さるお相手はたくさんいらっしゃるじゃないですか」
「ただの性欲処理なら君にだけは手を出さんさ。考えてみたまえ。私がこうしている、その意味を」
「偶然とはいえ、大事なデートを邪魔された仕返しなんでしょう?莫迦なまねはやめて下さい」
「これは本気ではないと?」
「貴方が私に本気になるわけがありません」
「知った風なことを言うじゃないか。何も知らないくせに」
そのまま彼女を腕の中に拘束すると、首筋にツゥーと舌を這わせる。
「や、大佐っ!?何を」
「君がまだ知らない本当の私を知りたくないか?」
そんな必要はないとそう言えばいい、それなのに何も言えない。それは抗えない誘惑。彼の漆黒の瞳が、声音が逃げるのを許してくれない。熱をもった彼の真劇な視線に、力強い腕に、私は…確かにこの時、ロイ・マスタングという男に捕らわれていたのだ。
「それに私はまだ答えを聞かせてもらってない」
「答え、ですか?」
「ああ。代わりに私以外知ることのない君を教えてくれ」
今度の口付けは貪るように深く深く。
息のあがった朱色に染まりつつある肌、熱に濡れた鳶色の瞳を見つめて言葉を紡ぐ。
「他の女なんていらない。私は君が」
それ以上の言葉は唇にあてた彼女の手で封じられる。
「大佐、一時の気の迷いに流されてはいけません…責任なら取らせていただきます。ですから…」
「それが君の答えか」
私が欲しいのはそんな答えではない。だが、君がこれ以上の言葉は望まないというのなら…。
「ならば、気の迷いかどうかは、これからじっくり教えてあげよう。言葉以外の方法でね」


重ねる肌と肌、繋げる身体、融けそうな輪郭、互いの熱が混ざりあって拡散した後に腕の中にいる彼女に彼は静かに口を開く。睦言というよりは寝物語のように静かな声はどこか切なさを帯びていて。
「随分昔になるが、私は気になる女の子にプレゼントを贈ろうとした。だが何しろそういう事は初めてでね。今なら彼女に似合いそうな可愛い髪飾りだって見つけられるが、当時の私は情けないことに何をあげたら喜んでくれるのか、さっぱり分からなかった。それでも彼女の笑顔が見たくて悩んでいたらマダムの店で働いてる1人が、これなら流行りだし大丈夫だと教えてくれてね。だが、あまり喜んではくれなかったな…」
「……」
「今も同じだよ。君にどうしたらいいのか分からなくて間違いばかりを選んでる気がする…」
「そうですね…これは間違いなんです」
「間違いと分かっていて君は私に抱かれるのか」
「ーっ」
わずかに彼女の身体が震えたのを彼の腕がしっかりと優しく抱き締める。
「大丈夫だ…それが答えだと私は知っている」


私と彼女の世界が重なるために上司部下である関係性はきっと変わることなどないだろう。守りぬかれる境界線、禁じられた言葉、それらに伴う痛みも。
それでもこの手を離せないことだけは真実で、続いていく先に常に君がいればそれでいい。そうしていつかー。

Fin.

拍手

おもえば最初から彼は異質な存在だった。
父の書斎に踏み込むことを許された青年。閉ざされたこの狭い世界にある日突然入り込んできた彼は、この誰も寄せつけないかのような排他的な屋敷にあまりに自然に溶け込んできた。
正直に言うと、最初の頃、私はどこか彼が苦手だった。嫌いなわけではなく苦手。まっすぐないい人だというのは分かっていたから。けれど、娘である自分が上手くコミュニケーションを取れない父の領域に、やすやすと入り込める彼には、どこか複雑な想いがあったし、未発達な心には、あまりに大きな持て余す存在に、それでも気になる不思議な感情に、ただ、どう接していいのか分からなかった。

顔が合えばニコリと笑顔で声をかけられ、自分の役目なのだから当然のように家事をすれば「ありがとう」と礼を言われる。同じ家にいても研究ばかりで会話のあまりない父との生活が普通だった私は戸惑うばかりで。我ながら愛想のない返事をして、後で自分の部屋に戻ると落ち込むことも少なくなかった。
それでも彼は気にした素振りを見せるでもなく次もまた同じように接してくれるのだ。

気難しく人とあまり接するタイプではない父の弟子になって長続きしてるだなんて、こんな私に優しくしてくれるなんて、変わった人だなと思いながら、流れる月日の中で少しずつ少しずつ何かが変化していった。
最初は戸惑うばかりだった彼との他愛無い会話をいつの間にか楽しみにしている私がいた。
「いいです、勉強をして下さい」と断るのに「息抜きも必要なんだ」と言って食事の後片付けを手伝ってくれるのは困るのにどこか胸の中がほんわりとなった。
「おいしいよ」の一言に食事を作るのが楽しくなったし、しっかりしているのかと思えば意外なところでだらしない彼に錬金術師って難しい問題が解けるのに日常生活が下手なのかしらと手をやくことすら充実感を与えてくれた。

そうやって彼に対する苦手意識が薄まったかと思えば、ふとした時に自分でも分からない不可解なもやもやが込み上げてくるから、やっぱり私は気持ちを持て余していたけれど。
「リザ、よかったらこれ、もらってくれないかな?」
そう言って、用事で行っていたセントラル帰りなんだと数日ぶりに家を訪れた彼から手渡されたのは、可愛いピンクのラッピングペーパーに包まれた大人っぽい髪飾りだった。
「これ…」
「土産というか、日頃、いろいろ世話になっているからね。お礼には足りないんだが、もらってくれると嬉しい」
どうしよう…お礼なんて必要ないけど胸がドキドキするくらい嬉しいかもしれない。
「マスタングさんが選んで下さったんですか?」
「いや、私はこういうのよく分からなくてね。知り合いが流行りだと選んでくれたんだ」
そう言ってどこか照れた顔をして笑みを浮かべる彼からは、甘い女物の香水の香りがほんの微かに漂ってる気がした。
なんだか舞い上がっている自分が恥ずかしくなって急に気持ちが沈んでいくのを感じた。
「そう…ですか。せっかくですけど…」
「気に入らなかったか?」
「いえ、そういうわけでは」
「なら遠慮せずにもらってくれないか」
そう言う顔が困ったようなどこか途方にくれたような顔をしていたから。
選んでくれた人に悪いものね…。
「ありがとうございます」
「きっと似合うよ」
彼から初めてもらったプレゼントは、嬉しいはずなのにどこか胸が苦しくて。
自分の部屋でこっそりとつけてみたけど鏡の中には、大人びた綺麗な髪飾りと不釣り合いな自分の顔が映っていた。似合うなんて嘘つき…。
「マスタングさんのバカ…」
髪飾りを外してそれでも宝箱に仕舞うと膝を抱えて蹲る。なにか悪口を言いたい気持ちにかられて、ぽつりと呟いた声は小さくて狭い部屋の暗闇に溶けていった。
そして彼には別の世界があるのだと、そう思った。その時に胸が痛むこの気持ちがなんなのかは分からないまま…。


私はこの古びた家の世界が全てで閉じた世界に生きていた。
彼は私の知らない大きな世界を見ていてそこで生きる人だった。
それがこんなにも苦しいのは何故だろう?

ずっと私の胸の中にあった苦しい気持ちと不安の正体が分かる時、それは彼がこの家を出ていく時だった。
もともと彼は軍人になるために士官学校に在籍していて、長い休みの間にうちにきていたのだ。学校に戻らなければならなくなった頃に軍人嫌いの父とは、このまま軍人になることで揉めているようだった。進む道を変える気などない彼は必死で父を説得しているようだったが、どちらも頑固で話は平行線を辿る一方だった。
私が口出しできるはずなどなく、ただ、日に日に近付いてくる別れの予感に痛む胸を隠していつもどおり振舞うだけだった。
そして彼が学校に戻らなければならない日が容赦なく訪れた。

「君にも世話になったな。本当に感謝してるんだ。ありがとう」
「いえ…」
彼がまっすぐに私を見つめて告げてくれる言葉に私も何か言わなくてはと思うのに不思議と何も言葉が出てきてくれなかった。
「師匠には反対されたが、ちゃんと軍人になれたらまた話に来ようと思っているんだ。だからそれまで元気で」
彼はそれを察してくれたのか相変わらず嫌な顔もせず優しい顔をして、そう言葉を紡いで背を向ける。もう汽車の時間が迫っているのだ。
別れの言葉と向けられた背に心音だけが煩くて目の前が熱くなる。
私だってたくさん伝えたいことはある筈なのに、どうして、どうしてちゃんと言えないんだろう…待って、お願い、行かないで。
一歩進み出した彼の歩みがふと止まる。
「リザ?」
彼を止めているのは私の手だった。無意識のうちに咄嗟に伸ばした手は、口よりずっと正直で彼の背中のシャツをそっと握り締めていたのだ。それを認識した途端、何をやっているのと急にどうしようもなく恥ずかしくなり慌てて手を離した。
「す、すみません…」
何をやっているの…こんな子供みたいな真似…彼の顔がまともに見れない。
「いや…リザ、」
何かを言おうとした彼の言葉を遮って顔をあげて言葉を紡ぐ。困らせたりなんてしたくない。慌てて離した手、それが全てを物語っている気がして、そっと自分で握りしめる。
「その、体には気をつけて下さいね。マスタングさん。士官学校が忙しいからって食事を忘れたり机でうたた寝なんてしたらダメですよ?」
彼はまだ何かを言いたそうだったけどどこか少しだけ切なげな笑みを浮かべたのは一瞬、次にはいつも通りの顔だった。
「ああ、そうだな。わざわざ夜食を用意してくれたり毛布をかけてくれる優しい誰かさんはいないから気をつけるよ」
そう言って頭をポンポンと優しく撫でられる。
「もう!子供扱いしないで下さい」
「そんなつもりはないんだがな」
「お元気で」
「ああ、リザも」
そう言って今度こそ本当に彼は歩み出した。彼の大きな世界に。
私の小さな世界に新たな彩りを残して。


慌てて離した手ーそれが私が自分の気持ちに気付いた瞬間でした。

Fin.

拍手

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